神戸女学院大学 音楽学部


 女学院と云う女性だけの園に初めて足を踏み入れたのは、21歳の大学3年の時でした。当時のチェロの先生でいらっしゃった八代先生とシューベルトの『鱒』をご一緒させて頂く光栄に預かり、その練習に訪れたのが最初でした。そのご縁で卒業と同時にオーケストラ要員としてお世話になる事になりました。私は早生まれで22歳で出向した私と同い年の4回生が沢山いて、恥じらいで廊下をを歩くと目眩がしたものです、、、、、、、、?
今思うと不思議な事だと思うのですが、その頃の女学院の男性の先生は、必ず既婚者でなければならない事になっていました。(髪が長かったので女性と思われていたとか?その頃から181cmあったのですが…)。

 当時の女学院は古き良き時代と云うのは問題があるかとは思いますが、学生の規律やマナーにはとても厳格なものがあった様に思えます。学生のジーンズでの登校は禁止、もちろん先生もです。今でも覚えていますが、現在、京都芸大の教授でいらっしゃる、M.K先生(大変お世話になりました)がアメリカから帰国されてすぐに女学院で教えられる事になったのですが、K先生はアメリカ産のとってもオシャレなジーンズのパンツでやってこられました。後はご想像におまかせしますが、、、、、、ほどなくお辞めになられました。学校曰く、「それは、作業着です!!」。教える事は働く事で、明らかな作業だと思うのですが!つまらない事で優秀な人材を失いました。でもそれが当時では普通だったのだと思います。今ではみんな普通にジーンズです。なおかつ破れていたりなんかしています。ハイ!

 そして月日は流れ、今年で当大学にお世話になって約29年になりました。全く専攻生のいなかったコントラバスですが、数年前から女学院で勉強したいと云う優秀な美女達が増えて来てとても先生(私)は喜んでいます。ちなみに副科ベースを授業で取った生徒さんは、約100名以上になります。その中で沢山の人たちが今は良き母となって幸せに暮らしていてくれていると思います。


女学院のこれまでのコントラバス専攻生の紹介は後日!